
インドに本社を置き、世界中の大手企業のビジネス変革を55年以上にわたりサポートしている、ITサービス企業のタタコンサルタンシーサービシズ(TCS)の日本法人である日本タタ・コンサルタンシー・サービシズ(日本TCS)は、三菱商事のグループ企業だ。「なぜインド発祥の企業が三菱商事のグループ?」と疑問に思う人もいるかもしれないが、実は三菱とタタ・グループはその歴史や理念がよく似ていてとても近い存在なのだ。
「国を愛し、人道を重んじる」創業者の思いと歴史が重なる
タタ・グループはインドに本社を置く多国籍複合企業体。TCSを含む10業種、30社、100カ国以上にわたり事業を展開し、総従業員数は100万人以上を擁する。創業者は「インド産業の父」と呼ばれるジャムシェトジー・タタ(1839年-1904年)。日本TCSの岡 弘子氏は、グループの成り立ちを次のように説明する。

「ジャムシェトジーは1868年に貿易業を始め、その後、綿紡績業、鉄鋼、ホテルなど、多岐にわたる産業に進出。国を愛し、人道を重んじるという理念とビジョンで、インドの植民地時代から独立後にかけて産業基盤の整備に寄与し、コングロマリット(複合企業体)の礎を築きました。ご存知のとおり、岩崎彌太郎が九十九商会を設立したのは1870年。ジャムシェトジーが創業した2年後です。三菱も、日本の明治維新後の工業化と経済発展を支え、現在は幅広い分野で事業を展開するグローバル企業群となっています」(岡氏)
日本初のボーナスを支給したといわれている彌太郎と同様、ジャムシェトジーもまた当時、前例のなかった労働福祉に関するたくさんの試みを行った。
「ジャムシェトジーは従業員思いであり、かつフロンティア精神にあふれる人でした。紡績工場では、インド初の加湿器と防火スプリンクラーを設置。1886年には年金基金を設立し、1895年には事故補償金の支払いを開始しました。従業員の健康へも配慮し、浄水場や穀物倉庫、男女別の診療所や従業員の子どもたちのための託児所を設けています。さらに、製鉄会社のタタ・スチールでは、国際労働機構が労働基準を確立する7年も前である1912年に1日8時間労働を導入しています。そのほか、無料の医療援助、教育施設、有給休暇制度、研修制度、出産手当、利益分配ボーナス、年金制度などの近代的な福利厚生を導入して労働環境を整備。時代の何十年も先を行き、他の会社よりもはるかに進んでいました」(岡氏)
さらに、インド初の鉄鋼工場や水力発電所の設立など、インフラの整備に注力。また、社会的責任を重視し、教育、医療、環境保護などの分野でも積極的に活動した。
創業者の理念のもと、社会貢献を重視
両グループは、ともに企業活動を通じて社会に貢献することを重視している点でも共通している。三菱グループ各社は三菱第四代社長岩崎小彌太によって示された経営理念、「所期奉公」(社会貢献)、「処事光明」(公明正大な倫理的経営)、「立業貿易」(全世界的、宇宙的視野に立脚した事業展開)の「三綱領」を共有している。
「タタ・グループは、基本理念に『Impact through
Empowerment(個人や集団が身に付けた、発展や改革に必要な力を通じた社会貢献)』を掲げ、教育・健康・環境の3分野を軸に展開しています。グループの持株会社のタタ・サンズでは、奨学金の提供、学校のインフラ改善、教師のトレーニングを行い、TCSではさまざまな地域の子どもたちへのITスキルの教育やオンライン教育リソースの提供。電力会社タタ・パワーでは太陽光発電や風力発電の導入。先進医学を取り入れた病院のタタ・メディカルセンターでは低所得層を対象にしたがん治療や医療サービスなど、その貢献は多岐にわたります」(岡氏)
さらに、タタ・サンズでは自己資本66%を慈善団体であるタタ・トラストが保有。タタ・サンズから得られた株式配当金を使って教育、医療、農村開発、芸術、文化など、さまざまな社会貢献活動をおこなっている。
「社会貢献活動は、創業者・ジャムシェトジーが経営哲学に込めた『企業にとって、地域社会は単なる利害関係者ではない。地域社会への貢献こそが存在目的である』という精神に直結しています」(岡氏)
明治時代から続く、タタ・グループと三菱との絆
タタ・グループと日本、そして三菱とのつながりは深く長い。日本の紡績産業の振興にともない、インド綿花の輸入量が増大したことから、1893年(明治26年)には、ジャムシェトジーが来日。日本郵船と綿花貿易の共同運航を始め、日本にとって初めての遠洋定期航路である日印航路が開設された。
また、1910年代半ば、タタ・スチールによる八幡製鉄所の視察が、外国人技術者に頼らず、自国民による工場経営の推進や、高炉の大型化の契機となり、事業を大きく拡大することとなった。さらにインドの独立以降、日本とインドはさまざまな協定、協力関係を締結し、いまなおそれは維持されている。日本とインドの外交関係樹立60周年にあたる2012年には、日印経済関係の強化・発展に寄与した功労が認められ、当時のタタ・グループ会長であったラタン・タタが旭日大綬章を受勲している。
1968年にインドで誕生したTCSは、1987年にはすでに東京に営業所を立ち上げ、日本市場でビジネスを展開。2004年にタタ コンサルタンシー サービシズ
ジャパンを設立し、2012年、三菱商事との合弁で日本TCSソリューションセンターを設立。タタ コンサルタンシー サービシズ
ジャパン、日本TCSソリューションセンター、そして三菱商事グループのITサービス企業であるアイ・ティ・フロンティアを統合し、2014年に日本TCSとなった。

タタ・グループの発足から日本TCSの誕生までの歩み
「三菱商事とTCSの合弁会社として2014年に発足した日本TCSは、TCSが持つ先端技術の知見と世界各国での豊富な先行事例、グローバルITガバナンスの確立、スピードと合理的なアプローチ、そして日本固有の環境や課題への深い理解を強みとしています。テクノロジーと業界知見を融合した国内外1万人体制で、これからも三菱と三菱商事グループのビジネス変革を通じたグローバル競争力強化に努めて参ります」(岡氏)
INTERVIEWEE

岡 弘子 HIROKO OKA
マーケティング&コミュニケーションズ統括部長
日本タタ・コンサルタンシー・サービシズ株式会社
東京都港区麻布台1-6-19 麻布台ヒルズ森JPタワー10階
インド本社は1968年設立。世界最大規模の多国籍複合企業体であるタタ・グループの一員で、
最高水準のトレーニングを受けた61万2,000人を超える人材を擁し、世界55カ国で事業を展開。
日本TCSはTCSと三菱商事との合弁会社として2014年に発足。コンサルティングを基盤とし、
コグニティブ技術を活用した、ビジネス、テクノロジー、エンジニアリングのサービスやソリューションを総合的に展開する。