
写真提供:三重県観光連盟
お弁当を食べて、読書をして。ふと顔を上げれば里山の豊かな景色に癒される。旅の移動手段の中でも自由度が高く、窓からの眺めを楽しめる鉄道旅。5〜10分おきにやってくる都会のダイヤとは異なり、1時間に1本、1日に1本なんてことも当たり前の世界は、やれ“タイパ”だとせっかちに生きる私たちに、静かに“待て”を言い渡す。でも旅程が進むほどに、のんびり待つ時間も旅の醍醐味と思えてくるから不思議だ。それはたぶん、訪れた街のペースに体がなじんで、心に余裕が生まれるからなのだろう。
花、山、海、緑に色づく田畑、そしてその地に暮らす人々の息遣い。ローカル鉄道に揺られる少しの時間だけでも、車窓に広がる穏やかな景色に視界を預けてみよう。きっと、下車する頃には心が軽くなっているはずだ。
【三重県】ナローゲージをのんびりゆっくり走る『三岐鉄道・北勢線』
沿線各駅の特色作りを通じて地方鉄道、地域社会の活性化を進めている三岐鉄道。

写真提供:三重県観光連盟
その北勢線はレール幅が狭い路線が使われ、「マッチ箱電車」と呼ばれることもあるとか。確かに、レトロムード漂うかわいいルックスは“撮り鉄”でなくとも、ついレンズを向けてしまいたくなるほどフォトジェニックだ。

写真提供:三重県観光連盟
東海地方有数の朝市が行われる寺町商店街の最寄り駅でもある三岐鉄道・西桑名駅から揺られること約60分。毎年、ゴールデンウィークの頃になると、多くの人が大泉駅で下車。その理由は、大泉駅の西側、いなべ市役所の南東の一角を埋め尽くすネモフィラだ。

写真提供:三重県観光連盟
黄色い三岐鉄道の車両とのコントラストも愛らしく、まるで絵葉書のような風景を見ることができる。
他にも三岐鉄道北勢線沿線には「ねじり橋」や「めがね橋」など珍しい橋があり、撮影スポットはたくさん。カメラ片手に出かけたくなるローカル鉄道だ。
【熊本県】南阿蘇のパノラマを満喫するトロッコ列車『南阿蘇鉄道』
世界最大級と言われ、南北25km、東西18kmに広がる壮大な阿蘇カルデラ内、立野駅と高森駅を結ぶ南阿蘇鉄道。2023年7月、熊本地震から約7年ぶりに全線で運行再開した。

写真提供:熊本県観光連盟
特にその再開が喜ばれたのは、全国にファンを持つ「トロッコ列車」。機関車を前後に連結した窓のない特殊な車両は、爽やかな高原の空気が流れるとあり、その開放感を楽しみに訪れる人も多い。

写真提供:熊本県観光連盟
約1時間の列車旅は、雄大な阿蘇の山並みが続く田園風景の中をゆっくりと、ガタンゴトンという懐かしい音とともに揺られながら進む。ユーモアあふれる車掌による沿線のガイドもお楽しみのひとつだ。

写真提供:熊本県観光連盟
熊本地震によって寸断され、一時は廃線の危機まで追い込まれながらも、地元の人々と全国から寄せられた支援によって復旧をはたしたという、そんなストーリーも胸を熱くする。
運行は3月から11月まで。予約して行くのが確実だ。
【青森県】“りんご畑鉄道”の愛称で親しまれる『弘南鉄道・大鰐線』
1952年に弘前電気鉄道として開業し、1970年に弘南鉄道に譲渡された、りんご畑の中を走るローカル線として知られる弘南鉄道大鰐線。中心地、中央弘前駅から乗車し10分も走れば田園地帯が広がり、左右にりんご園が広がる。

写真提供:東北観光推進機構
毎年、10月中旬〜11月上旬には、真っ赤に色づくりんごが車窓に広がり、収穫最盛期にはゆっくり走る特別列車も運行される。だが、1年を通して四季の景色が楽しめるのもこの路線の魅力。

写真提供:弘南鉄道
りんごの開花時期は5月上~中旬頃。まるで桜を思わせる白く可憐なその花が一斉に開花すると、車窓は白とグリーンの世界が広がる。さらに季節が進み、新緑の時期になれば、松木平駅~津軽大沢駅間は、田畑とりんご畑、岩木山が連なり、雄大な景色を楽しむことができる。

写真提供:東北観光推進機構
秋のドラマティックな夕陽、冬の雪景色もまた素晴らしい。ほぼ全ての部品がステンレスでできた7000系の電車が現役で運行し、有人駅では切符に改札鋏を入れるなど、昔ながらの面影を残しているのも、旅情を掻き立てるに十分。

写真提供:東北観光推進機構
沿線には、地元民に愛される洋菓子店やカフェなどもあり、途中下車をして街歩きを楽しむのもおすすめだ。
構成・文/一寸木芳枝