
「黒と白の画家」や「耽美主義の奇才」などと呼ばれるイギリス人画家オーブリー・ビアズリーの独特の世界観が、日本初の近代オフィス街丸の内を象徴する建造物の存在感とともに楽しめるのが、三菱一号館美術館の「異端の奇才――ビアズリー」展だ。今回の三菱のアートでは、GW明けの5月11日(日)まで開催されているこの展覧会と、三菱一号館という歴史的な建物を体感できる空間でモダンな料理が味わえるミュージアムカフェ・バー「Café 1894」、展覧会グッズだけでなく気の利いたギフトなども見つかるミュージアムショップ「Store 1894」を紹介する。
オーブリー・ビアズリーの逆転人生
19世紀末のロンドンで、わずか5年という短い画業ながら1000点以上の作品を残したオーブリー・ビアズリー。家計を助けるため16歳でロンドンに働きに出て、夜は蝋燭の灯りのもとで鉛筆やペンを走らせ素描制作に没頭。自信作を金融街の書店で書物と交換しているうちに、書店店主を介して挿絵画家としての仕事を得る。しかもトマス・マロリー編『アーサー王の死』という長編物語の挿絵一式を描くという、まだ名もない画家だった20歳の青年ビアズリーにとってまたとないチャンスだ。勤め人としての年棒の3倍の報酬とともに画業による立身を叶えたが、毎週の相当な数の挿絵、章頭の飾り絵、装飾的な頭文字などの締め切りに追われ、幼少期から患っていた持病もあり、心身は疲弊していったという。そんなことを心に留めながら『アーサー王の死』の作品群を鑑賞すると、天賦の才をもち、情熱を失わず、努力を続けたビアズリーの、並々ならぬ気迫を感じずにはいられないはずだ。ちなみに…この挿絵のために、ビアズリーは350点以上の下絵を描いたという。
ロンドンの金融街で保険会社の事務員として働きながら自主制作を続けていた日々から、場外ホームランともいえるほどのビッグヒットを放ったビアズリー。『アーサー王の死』をはじめ、芸術雑誌『ステューディオ』や革新的な文芸雑誌『イエロー・ブック』、オスカー・ワイルド『サロメ』でのビアズリーの仕事ぶりを見るだけで、19世紀末のロンドンの出版事業が非常に芸術性を重視したものであったことを知ることができるのだ。
この細い線は!? ひとつの線も点も見逃せない作品群を至近距離で!
19世紀のイギリスで活躍したウィリアム・モリスをご存知だろうか。詩人、思想家、作家、社会主義活動家などさまざまなジャンルで活動したが、テキスタルデザイナーとして生み出した作品を壁紙やカーテン、食器などインテリアや生活雑貨で身近に感じる人もいるだろう。モリスは理想の書物をつくりあげるべく私設の印刷工房をもち、大変美しく高価な印刷物を制作した。
『アーサー王の死』でビアズリーに挿絵を依頼した出版業者のJ.M.デントは、モリスが生み出す手刷りの書物の美しさに劣らないものを低価格で庶民に届けるため、ライン・ブロック印刷を採用した。
1880年代に登場したライン・ブロックは、写真製版を利用した腐食銅版画による印刷技術。毛ほどの細かな線や点も再現し、安価に制作することができたため、文学やアートは一部の富裕層のためだけではない時代に突入する。そんななか、ハーフトーンや微妙な陰影などが表現できないライン・ブロック印刷の欠点を、幻想的な美しさとして表現したのがビアズリーだった。ビアズリーの繊細で緻密なペン画は、この印刷技術によって生み出されたといってもいいだろう。

オーブリー・ビアズリー「アーサー王は、唸る怪獣に出会う」
(トマス・マロリー『アーサー王の死』より)
1893年 ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館蔵 Photo: Victoria and Albert Museum, London

オーブリー・ビアズリー「猿を連れた婦人」
(テオジィル・ゴーティエ『モーパン嬢』より)
1897年 ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館蔵
Photo: Victoria and Albert Museum, London
ライン・ブロック印刷の欠点を逆手にとったように、線や点によって生み出したグラデーションや濃淡などの微妙な表現もビアズリー作品の見どころ。彼が〝黒と白の画家〟になったのは、出版業者デントとこの印刷技術によるものともいえる。

書物の挿絵となった作品を、まさにページをめくるような感覚で見て歩く展覧会。ポスター作品以外はほぼ書物サイズと小さいのだが、そこに描かれている物だけでなく、線や点の美しさにも目を奪われる。間近でじっくり見たくなるはずだから、時間に余裕をもっての鑑賞がおすすめだ。
また、ビアズリーが『サロメ』の挿絵にも描き込んだ「アングロ=ジャパニーズ様式」の調度などもあわせて陳列。「異端の奇才――ビアズリー」展は、彼の全盛期の作品を概観する展覧会なのだ。

1862年の第2回ロンドン万博がきっかけとなり、英国で興ったジャポニスム。本展ではアングロ=ジャパニーズ様式を生み出した建築家のエドワード・ウィリアム・ゴドウィンによるコーヒー・テーブルを、ゴドウィンが描いた水彩画とともに展示。このテーブルは、ビアズリーが『サロメ』の挿絵に描き入れた可能性が指摘されている。

葛飾北斎の『北斎漫画』は、ヨーロッパの多くの芸術家達に称賛された。左奥に見えるのは、喜多川歌麿や北斎などの浮世絵を表紙に使用した月刊誌『芸術の日本(LE JAPON ARTISQUE)』。

ジャポニスムの流行で日本の家紋や紋様への関心が高まり、生活のなかにもジャポニスムの影響が。日本的な紋様や様式を用いた陶磁器をいち早く製造したのがロンドンで創業したロイヤル・ウースター社で、三菱一号館美術館も所蔵している。本展ではビアズリー作品だけでなく、19世紀末の英国の美意識を垣間見ることもできるのだ。


オーブリー・ビアズリー「詩人の残骸」
1892年 ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館蔵
Photo: Victoria and Albert Museum, London
事務作業に追われる自身を描いたともいわれる「詩人の残骸」は、昼間は保険会社の事務員として働き、帰宅後深夜まで制作に没頭した時代の作。売却されたビアズリーの自邸で発見された机は、オレンジ色の壁の仕事部屋を再現した空間で展示されている。
丸の内近代化の第一歩となった建物も楽しめる「Café 1894」
ビアズリーがその才能を開花させた19世紀末、日本では東京丸の内の近代化が始まった時期であり、1894(明治27)年に丸の内初の近代オフィスビルとして三菱一号館が建設された。三菱社の顧問に就任していた建築家のジョサイア・コンドル設計のこの建物を皮切りに、丸の内は明治、大正、昭和と時代が移り変わるなかで、関東大震災と第二次世界大戦を経験しながらも、一大ビジネスセンターへと発展していく。
1968(昭和43)年に老朽化により取り壊された三菱一号館が同地に再建されたのは2009(平成21年)年。コンドルによるデザインや構法を再現し、保存していた旧三菱一号館の部材も一部再利用している。三菱一号館美術館を訪れると、廊下や階段などそこかしこに明治期の建築の美しさに目を奪われるのも、展覧会鑑賞プラスアルファのお楽しみだ。
さらに建物を楽しむなら、併設のミュージアムカフェ・バー「Café 1894」へ。美術館同様、1年半の建物メンテナンスによる休業を経て昨年秋に再オープンしたこのカフェは、復元した当時の銀行営業室の設えはそのままに、メニューを一新。英国で古くから愛されているフィッシュ&チップスをはじめ、伝統的な洋食メニューにオリジナリティを加えて現代的な感覚を意識したという料理やデザートがいただける。



美術館とは入口が異なる「Café 1894」。初代の三菱一号館は三菱の本社が置かれただけでなく、銀行の営業窓口と貸オフィスによる複合ビルだった。モノクロ写真は明治期の様子。柱や天井の意匠、吹き抜け構造なども再現されたこの空間が現在は「Café 1894」として親しまれている。


グランドメニューのほか、展覧会ごとにタイアップメニューも。写真は「異端の奇才―ビアズリー」展のタイアップ ランチコース「ビアズリー 白と黒」2,800円。オードブルは真鯛とクスクスのサラダ、メインは国産牛ハンバーグステーキ。ランチメニューを注文すると、タイアップデザート「春のくちづけ」500円の注文も可能。

カフェタイムのタイアップデザートは、大胆かつ繊細なビアズリーの描線をチョコレートで表現した「異端のティラミス」1,400円。
三菱一号館美術館のミュージアムグッズはギフトにも!
もうひとつ、三菱一号館美術館へ足を運ぶならぜひ寄りたいのが「Store 1894」だ。展覧会グッズや三菱一号館美術館のオリジナルグッズを中心に洗練された商品が並ぶミュージアムショップで、三菱一号館の歴史に紐づいた商品も。
「Café 1894」と「Store 1894」は美術館利用がなくても入店できるので、丸の内での食事やギフト探しなどにも活用したい。



写真の商品は、三菱一号館のレンガ造りの外観をイラストに書き下ろした、美術館オリジナルのリングノート1,000円。揃いのデザインで手拭い1,200円も。豆皿1,200円は、写真の階段手擦りや鋳鉄製階段の格子など、建物内装の意匠をデザイン化した4種を販売。



本展の図録3,500円は表紙違いで2種(ミント色は展覧会会場限定品)。『イエロー・ブック』第1巻をイメージしたブック型の紙製ボックス入りクッキーは1,080円。トートバッグやサーモボトルなど、ビアズリー展オリジナルグッズはどれも秀逸なデザインだ。
東京駅と皇居のお堀の間に位置する丸の内仲通りは、今やオフィス街としてだけでなく、国内外から旅行者が訪れる観光スポット。そのひとつでもある三菱一号館美術館での展覧会や、「Café 1894」や「Store 1894」を目的に、春の丸の内散策へ出かけてみよう!
美術館データ

異端の奇才―ビアズリー
Beardsley, a Singular Prodigy
会場:三菱一号館美術館(東京都千代田区丸の内2-6-2)
会期:2025年2月15日(土)~5月11日(日)
会期中休館日:月曜日
※4月28日(月)はトークフリーデーとして、また5月5日(月・祝)も開館
開館時間:10時~18時(祝日を除く金曜日と会期最終週の平日、第2水曜日は20時閉館、いずれも入館は閉館の30分前まで)
入館料:一般2,300円、大学生1,300円、高校生1,000円、中学生以下無料
※第2水曜日のみ17時以降入館のマジックアワー料金1,600円などもあり。詳細は公式HPにて。
問い合わせ:☏ 050・5541・8600(ハローダイヤル)
展覧会ホームページ https://mimt.jp/