ライフスタイル企画

2025.02.13

本を読めば「今」が見えてくる――BOOK REVIEW Vol.17

命の温もりに包まれ、命の尊さを感じる
動物に親しむ3冊

BOOK REVIEW メインビジュアル

寒い季節は温もりが恋しくなるもの。体温を持った生き物は、心も体も温めてくれそうだ。ペットならなおのこと、ふわふわとした毛に包まれ、温かく、そして余計なことを言わずに(?)人間をやさしく癒してくれたりする。一方で人間より寿命も短く、命の儚なさに気づかされる残酷な面も。今月はそんな動物によりそう3冊をセレクト。

捨てられた僕と母猫と奇跡

捨てられた僕と母猫と奇跡
船ヶ山 哲著 プレジデント社(1,540円)

ビジネスパーソンとして成功を収め、家族とともにカナダに移住、一方で歌手・俳優としても活動の場を広げている。すべてを叶えているかのように見える著者だが、30代前半で仕事での重いストレスから、うつ病を発症。会社に行けなくなったという。自殺が未遂に終わり、もう一度生きるしかないと覚悟したとき、保護猫と暮らすことを決めた。そこで出会ったのが、虐待に遭い、我が子とも引き離され、人間も猫も寄せ付けないほど深い傷を負った母猫だった。
この猫、テコとの暮らしを通して、著者は少しずつ生きる力を取り戻し、人生が再び回り始める。うつ症状が和らぎ、仕事に復帰し、新しい仕事に真摯に取り組むようになり、副業を始め、結婚し、子どもが生まれ、独立し…とその環境は目まぐるしく好転していく。テコが亡くなるまで、ともに過ごした14年間は、著者の人生が大きく上向き続けた14年間でもあった。
著者の思いとテコの独白(想像)で進む本書は、個人的でありきたりな話にも聞こえるが、「うつ病からの回復」「うつ病の人と関わる会社や家族」「副業の始め方、広げ方」「独立の仕方」など、多くの人にとって身近で気になるトピックスが満載で、しかもこれが実話だから、思わず読み込んでしまう。さっそく保護猫サイトをチェックしてしまう人もいるかもしれないが、生き物を飼うことの覚悟をお忘れなく!

ウォード博士の驚異の「動物行動学入門」 動物のひみつ~争い・裏切り・協力・繁栄の謎を追う〜

ウォード博士の驚異の「動物行動学入門」 動物のひみつ~争い・裏切り・協力・繁栄の謎を追う〜
アシュリー・ウォード著・夏目大訳 ダイヤモンド社(2,200円)

人間は優れた動物だと思いがちだが、人間ほど愚かな動物はいない、と思うことも少なくない。戦争や環境破壊はいうまでもないが、もっと日常的に、動物なら余計な言い訳や嫌味なひと言など言わないのに、と思うこともある。動物から学ぶべき点は多い。本書の著者は幼い頃から動物好きが高じて会社員を辞めて動物行動学の道に進み、世界中を旅しながら動物達の生態と社会性を研究している。700ページ超に及ぶこの本では、小さな昆虫から、鳥、魚、哺乳類までありとあらゆる動物の社会性を具体的な例とともに紹介する。どの動物の行動も不思議と納得感があって、読んでいるとほかの動物の話ではなく、ちょっと文化の遠い民族の話のような気もしてくる。それはおそらく著者に、すべての生き物に対する強い親愛とリスペクトがあるからだろう。読めば読むほど、人間もただの一種の生き物だと感じる。
自然界の仲間についてより深い知識を得られ、多くの動物に愛着が湧いてくるだけでなく、動物の行動を師として我が身を振り返るのにも効果的。誰かに何か忠告したくなったときも、ずばり指摘するより「○○の動物は秩序を守るために必ず△△するらしいよ」などと例に出せば、案外冷静に聞く耳を持ってもらえるかもしれない。いずれにせよ我以外皆我が師。動物に学ぼう。

鳥


小手鞠 るい著 小学館(1,540円)

最後に紹介するのは動物達と関わって生きる少女の物語。中2の千歌は、ニューヨーク州の森で暮らすクオーターで、シングルマザーの母と、愛犬ポアロと暮らす。母はB&Bを営んでいるので、ゲスト達と暮らしているといってもいい。画家の父が離婚後日本に帰国し、再婚した妻の子、ステップシスターの絵里奈とは、お互い手紙を書くことと小鳥が大好きでひと目で親友同士となり、メール文通をしている。そんな二人が自然と触れ合い、人と触れ合いながら成長していく。実際、著者はニューヨーク州の森に住んで詩や童話の創作活動をしていて、本書に登場する小鳥達は皆、著者の暮らす森や訪れた町に住んでいるものばかりだというから、読んでいるだけで鳥の鳴き声が聞こえてきそうなほど、その美しさや豊かさを感じることができる。
しかし美しいことばかりでなく、野鳥の保護団体でのボランティア経験で現実を突きつけられ、愛犬ポアロの死も襲いかかる。さらに、物事の本質を見つめる力のあるピュアな千歌の視点は、ジェンダーのことや環境のことなど、私達が日頃つい見過ごしてしまうような社会の矛盾や偏見にも気づかせてくれる。自分を取り巻く環境としての「社会」や「自然」とどう向き合っていくべきか、そのことをやさしく示す一冊だ。

ライタープロフィール

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文/吉野ユリ子
1972年生まれ。企画制作会社・出版社を経てフリー。書評のほか、インタビュー、ライフスタイル、ウェルネスなどをテーマに雑誌やウェブ、広告、書籍などにて編集・執筆を行う。趣味はトライアスロン、朗読、物件探し。

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