
アートが、ブームだ。ビジネスの世界でも数年前から「アート思考」といった言葉が聞かれるようになり、TOKYO GENDAIなどのアートフェアも増えている。が、おそらく多くの人にとって、まだまだわからない世界でもあるのも事実。アートと親しみ、アートについて自分なりの視点を持つきっかけが作れる3冊をセレクトした。

学芸員しか知らない美術館が楽しくなる話
ちいさな美術館の学芸員著 産業編集センター(1,760円)
「アート」は高尚で分かりづらい、知識がないと楽しみにくい、と思っている人も多いのではないだろうか。そんなアートの世界を知る糸口として、著者名のとおり「ちいさな美術館の学芸員」をしている方が、その日々の仕事のあり方や、学芸員の視点でアートの意味を書き溜めたnoteから誕生した一冊。とにかく語り口が等身大なので、萎縮することなく安心して読めるが、内容は今まさに目の前にあるアートの現状そのもの。
ひとつの展覧会が行われるためにはどのように企画が練られ、どんなふうにお金を集め、どのくらい時間をかけて組み立てていき、どうやって運搬するのか。学芸員とはどんな仕事をし、どんな能力が求められる職業なのか。そして学芸員からみたおすすめの鑑賞法、美術館選びのヒントや美術館での過ごし方のマナー、最終章では学芸員以外にも展覧会を支える修復家やデザイナー、輸送担当、受付スタッフなどにもフォーカスを当てている。こうして紐解いていくと、来場者を消費者と置き換えれば、展覧会も私達が行っている仕事と何ら変わることはなく、来てくださった方のために一生懸命趣向を凝らしてくれているのだとわかり、一気に親近感が湧いてくる。
この本を読み遂せても、アートが分かった!とはならないだろう。が、著者のいうとおり「分からないことを楽しむ」のもアートの醍醐味のひとつ。これをきっかけにぜひ「分からない」の迷宮をさまよってみたい。

「大人のための印象派講座」
三浦 篤著 新潮社(3,410円)
現代アートもいいけれど、やはり古典の名画に惹かれる、もっと知りたい、という人もいるだろう。大人の教養としてもカバーしておけばどこへ行くにも心強い分野だ。本書は誰もが知るマネ、モネ、セザンヌ、ルノワールといった「印象派」画家を、現代的な視点から読み解くアプローチが興味深い一冊。その視点とは「女性」「お金」そして「名誉」。こう並べるとちょっと下世話な視点のようにも聞こえるが、印象派の画家が、妻が、モデルが、そして画商やコレクターらが、私達と同じ人間であり、さまざまな欲望や葛藤のなかでひとつの時代を築いてきたのだということが明らかになる。
第一章では「女性」をテーマに、画家の妻たち、モデル、娼婦、そして「女流画家」として生きた人々にスポットライトあて、作品を通してその実態を紐解く。第二章で注目するのは「お金」。画家たちが当時社会の中でどのような立場だったか、絵は高く売れたのか、画商たちがどんな戦略を持っていたのか、政治にどのように関わってきたのかを解明する。第三章では、「評価と名声」と題し、画家たちがアーティストとして何を目指し、どんな葛藤を抱え、作品はどのように評価されていたのかを分析する。
ほぼモノクロながら図版も200点以上掲載され、語り口も柔らか。「美術だけ」「西洋史だけ」学ぶのは億劫という方でも、本書なら一気に親しめるはず。

板上に咲く MUNAKATA Beyond Van Gogh
原田 マハ著 幻冬舎(1,870円)
日本の芸術家も見逃せない。アート小説の名手である著者が、3年ぶりに取り組んだ長編アート小説でスポットライトを当てたのは「棟方志功」。牛乳瓶の底のようなメガネを掛けた個性的な雰囲気のポートレイトを見たことがある方も多いかもしれない。本書は2024年の3月末に、棟方の故郷青森にあった棟方志功記念館が財政難などにより閉館した、その直前の発刊となった。
「ワぁ、ゴッホになるッ!」と、画家への憧れを胸にまさに裸一貫で上京した棟方志功は、しかし絵を教えてくれる師匠もおらず、画材を買うお金もなく、またモデルの姿も正しく捉えられないほどの強度な弱視のため、展覧会に応募しても落選が続く日々。そんな中、見えなくとも指で触れて確かめられる木版画の魅力と出会う。そこから彼の「板画」が世界に認められるまでが、墨を摺り続け、献身的に彼を支えてきた妻チヤの視点から描かれている。
日本に憧れたゴッホを「先生」と呼び憧れた棟方志功。自分の夢中になれるものと出会い、ひたすら信じて邁進する。こんなピュアなエネルギーが、世界に評価されるというのは、世の中捨てたものではないという気がする。そしてまた、小説を通してひとりのアーティストの人生に寄り添うことは、アーティストの作品をひとつ買うのにも似た豊かさがある。
ライタープロフィール

文/吉野ユリ子
1972年生まれ。企画制作会社・出版社を経てフリー。書評のほか、インタビュー、ライフスタイル、ウェルネスなどをテーマに雑誌やウェブ、広告、書籍などにて編集・執筆を行う。趣味はトライアスロン、朗読、物件探し。