
GWで旅行から戻ったばかり、という方も多いこの時期。まだまだ旅の余韻に浸りたいなら、読書を通して旅をするのも良さそう。通勤電車の十数分の間にも旅はできるし、うららかな休日にベランダや公園で書物を手にすれば、もう自分がどこにいるのか忘れてしまいそう!今月は、そんな旅気分に心を満たしてくれる3冊をご紹介。またこれから夏の旅計画を立てようという人も、旅に自分なりのテーマをもたせたくなるはず。

食べるためだけにイタリアに行く
小倉 知巳著 KADOKAWA(1,815円)
海外旅行慣れしてきた人の中には、お気に入りの国の観光地はひと通り楽しんでしまったという方もいるだろう。
そんなひとにおすすめしたい、グルメ旅の本。しかも著者は東京・参宮橋にある、予約の取れない超人気店『Regalo』の小倉シェフだ。彼が10年以上の間、年に2度のペースで訪れてきたイタリアでの体験だから間違いない。
旅好きの著者のモットーは事前に予定を立てないこと。偶然見つけたレストランや、「ガイドブックで見てなんとなくおいしそうだった」から入った店もある。地元に根づき愛されている店を訪れ、そこで見た景色、人々の様子、味、そこで著者が感じたことが、気どりも謙遜もなく軽やかに綴られている。読んでいるだけでもう、陽射しや喧騒を感じるほどだ。お腹が空いてきたら、ぜひ再現レシピにもトライを。巻末に、著者がイタリア各地で味わってきた現地の味20品の再現レシピが紹介されている。実際に作って食べながら読めば、また本書にも格別の「味わい」を感じるだろう。
「食」という切り口で季節を変え、街を変えながら訪れると、同じ国でも様々な表情が見えてくる。そんな旅の楽しみ方を教えてくれる一冊だ。

だからタイはおもしろい
暮らしてわかったタイ人の「素の顔」
髙田 胤臣著 光文社新書(880円)
続いてはお近くのタイを知る本。時差が少ないこともあって、短い休暇でも訪れやすく、常に人気の渡航先の一つに数えられるタイ。ビーチリゾートでゆったりするのも寺院巡りをするのもいいけれど、せっかくならもう少し深く、この国のことを理解してみたい。
2022年よりタイに移り住み、タイ人女性と結婚し現地で働く著者が見た、渡航者として訪れるだけではわからないタイのリアルを綴った本書。経済格差、階級社会、信仰心、愛国心…。風貌が似ていることもあり、なんとなく同類なんじゃないかと思いがちだが、そこにあるのは日本人から見ると驚くような価値観や常識ばかり。観光客向けのレストランやホテルなどで私達が触れ合っているのはあくまでも「よそからのお客さま」向けの取り繕った一面なのだと改めて気づかされる。さて、次の旅でどこまでその素顔に迫れるか。
もちろん、ただ暮らすだけでここまで知ることはできない。歴史、政治、経済、働き方など、調査や取材に基づいた情報と実体験とが結集したことで、タイ人像が浮かび上がっているのだ。そんな本書は、旅行だけでなく、タイ人とビジネスを行う人にとっても、彼らの言動の意味を知る有用なバイブルになるはず。

東京ホテル図鑑
実測水彩スケッチ集
遠藤 慧著 学芸出版社(2,750円)
海外ばかりが旅ではない。3冊目に紹介するのは、東京近郊の「ホテル」旅。週末や連休に手軽に別世界を体験できる都心のホテルだが、ただなんとなくゆったりぜいたくに過ごすだけではもったいない。本書は、空間が紡ぎ出す心地よさや個性を、色や形の観点から因数分解することで、ホテルの魅力に迫る一冊だ。
建築設計士、カラーコーディネーターとして、ホテルも含めさまざまな建築の内外装をデザインしている著者が、2020〜2023年に趣味と実益を兼ねて行脚したホテルのうち23軒を寸法つきの水彩スケッチで紹介。帝国ホテルや山の上ホテルのような老舗もあるが、開業間もないホテルが中心。平面図で全貌を、パースで雰囲気を伝えるとともに、料理やクローゼット、照明、ドアノブ、鍵なども細かくスケッチ、寸法もびっしり記入されている。またそれぞれのホテルは写真もあるが、そこにはカラーチップや素材の見本写真まで添えられていて、このまま発注できる図面のようだ。各ホテルがもたらす「気分」を頭に入れたうえでこれらの情報を読み進めると、どの色や形、大きさもなんとなく決まったものはひとつもなく、全てが計算され、理由があるのだと気づかされる。次に訪れたホテルの細部が、愛おしくなるはずだ。
ライタープロフィール

文/吉野ユリ子
1972年生まれ。企画制作会社・出版社を経てフリー。書評のほか、インタビュー、ライフスタイル、ウェルネスなどをテーマに雑誌やウェブ、広告、書籍などにて編集・執筆を行う。趣味はトライアスロン、朗読、物件探し。